2012年 05月 31日
旧友達との再会
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28日(月)高校時代の仲間3人が来仙した。
前回クラス会で顔を合わせてから16年ぶりの懐かしい面々。
画像右からツルハゲの一人と頭の真っ白い二人と何故か黒々と学生時代より髪の毛が増えている者の4名。
3.11の震災から1年以上経って老い先短い3人が被災地を自分の目で見たいとの希望で南三陸町まで走ってみた。

TVや新聞で何度も見た鉄骨だけ残った防災センターの前に実際に立ち赤い鉄骨を見上げると大津波の恐ろしさを改めて実感する。3階建ての屋上を越える津波が来るとは誰もが想像できなかっただろう。もし自分もその場にいたら屋上なら安全と考えたと思う。赤い鉄骨を津波の被害と教訓を後世に伝えるモニュメントとする案が検討されたが「つらい記憶がよみがえる」との訴えが相次ぎ取り壊すと決まったそうだ。
雨の中もう一組の夫婦が現れ我々に線香を分けてくれた。献花台に線香をあげ4人でしばし合掌。
産経新聞の瓦礫撤去前のパノラマ写真
お金だけでも被災地で使えば復興応援になるだろうと昼食は南三陸町で、宿泊は松島大観荘で一泊。皆半病人のくせに酒だけはまだまだ元気で果てしない昔話に興じる楽しい一夜だった。又再会する日がくるまで皆達者でな!!
前回クラス会で顔を合わせてから16年ぶりの懐かしい面々。画像右からツルハゲの一人と頭の真っ白い二人と何故か黒々と学生時代より髪の毛が増えている者の4名。
3.11の震災から1年以上経って老い先短い3人が被災地を自分の目で見たいとの希望で南三陸町まで走ってみた。

TVや新聞で何度も見た鉄骨だけ残った防災センターの前に実際に立ち赤い鉄骨を見上げると大津波の恐ろしさを改めて実感する。3階建ての屋上を越える津波が来るとは誰もが想像できなかっただろう。もし自分もその場にいたら屋上なら安全と考えたと思う。赤い鉄骨を津波の被害と教訓を後世に伝えるモニュメントとする案が検討されたが「つらい記憶がよみがえる」との訴えが相次ぎ取り壊すと決まったそうだ。
雨の中もう一組の夫婦が現れ我々に線香を分けてくれた。献花台に線香をあげ4人でしばし合掌。
産経新聞の瓦礫撤去前のパノラマ写真
お金だけでも被災地で使えば復興応援になるだろうと昼食は南三陸町で、宿泊は松島大観荘で一泊。皆半病人のくせに酒だけはまだまだ元気で果てしない昔話に興じる楽しい一夜だった。又再会する日がくるまで皆達者でな!!
by ainame60
| 2012-05-31 20:46
| 旅行・お出かけ
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Comments(5)
上の写真のサイズが小さい事に関してはノーコメントにしておきます(^^ゞ
”防災対策庁舎”はテレビで何度も見ましたが写真に手をあわせて亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしました。
来年には出稼ぎやめて東北へお出かけするつもりですが、この庁舎もなくなってるんでしょうね。。。
ある意味、衝撃を受けずに”観光”できるかなぁ…
”防災対策庁舎”はテレビで何度も見ましたが写真に手をあわせて亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしました。
来年には出稼ぎやめて東北へお出かけするつもりですが、この庁舎もなくなってるんでしょうね。。。
ある意味、衝撃を受けずに”観光”できるかなぁ…
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下から見る防災庁舎は初めてでした。
あの高さを超えたんですね。
まさかと言うのがみんなの気持ちだったのでしょうね。
パノラマ写真も見ましたが、海がどこにあるかもわからないくらいの場所なのに。
今度は西日本と騒がれていますが、いまひとつ防災について意識が薄いようです。
あの高さを超えたんですね。
まさかと言うのがみんなの気持ちだったのでしょうね。
パノラマ写真も見ましたが、海がどこにあるかもわからないくらいの場所なのに。
今度は西日本と騒がれていますが、いまひとつ防災について意識が薄いようです。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
こんさん
アリさん
たけさん
非コメさん
大変レスしずらくてまとめて申し訳ありませんが・・・
あらためて、震災でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りしまた被災地の1日も早い復興を祈念致します。我々もそれぞれの場所で万一の大震災に備え万全の対応策を検討しなければと思います。
アリさん
たけさん
非コメさん
大変レスしずらくてまとめて申し訳ありませんが・・・
あらためて、震災でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りしまた被災地の1日も早い復興を祈念致します。我々もそれぞれの場所で万一の大震災に備え万全の対応策を検討しなければと思います。

